佑学社50年の物語ストーリー

佑学社50年の物語ストーリー

佑学社は1972年10月の設立以来50年、地域に根差した塾として多くの生徒たちを見守ってきました。

その50年で生まれた数多くのストーリーを50の物語で綴っていきます。

Vol.2 「佑学社講師・熊谷篤治」

熊谷 篤治くまがい とくはる(生野本部校 教室長)

現在佑学社で指導をしている私自身も、中学1年生のときに、佑学社(当時の塾名は第一学習センター)に入塾し、中学を卒業するまでお世話になりました。当時は塾長のご自宅を改造した教室で、いまのような整った環境ではありませんでした。指導については、今よりもずいぶん厳しく、山ほど出される宿題をこなすのに必死の毎日でした。特に中3の夏休みに行われた夏の勉強合宿は、とても印象に残っています。早朝の散歩の後、塾長が生徒とすもうを取られているシーンは今もはっきりと覚えています。勉強のことで悩んでいたときには、何度も面談をして下さり、進路についても真剣にアドバイスしていただきました。

私の弟二人も佑学社にお世話になりましたし、私の娘二人も、小1から佑学社に通わせました。

そんな私が大学生のときに、「家庭教師やります」と張り紙をしてアルバイトを探しているのを当時の塾長が見つけてくださり、塾講師をやらないか、と声をかけてくださいました。人前で話すことなどできると思っていなかった私ですが、板書や話し方、解説方法から生徒のほめ方や叱り方まで、毎日のように研修を受け、大学2年生で塾講師としてデビューしました。また、私の家内も、保育園の保育士をやめ、佑学社で小学生の算数指導に携わっています。

それからもう40年以上、佑学社で生徒指導に取り組んできました。がんばる生徒はもちろんのこと、やる気のない生徒を前向きにさせるにはどうしたらいいか、ずっと考えてきました。面談や授業内での話がうまくときもあれば、なかなかうまくいかないこともあります。それは今も変わりません。当たり前のことですが、考え方も感じ方も生徒一人ひとりに個性があるからです。

私が生まれ育ったこの生野区で、長く学習塾の講師として働き、そして今もこの塾で仕事ができることにとても感謝すると同時に、何か少しでもこの地域の役に立ち、私を育ててくれたこの生野区に恩返しができればと考えています。そして、それは塾での学習指導を通して、生徒の心を育て、成長させることだと思っています。

開塾以来の「想い」である、「心ある教育」とは何か。それをこれからも考え続け、生徒一人一人に真剣に向き合い、学び成長することの楽しさと大切さを伝えていきたいと思います。

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